投票について「私は何故1票を投じるのか」

Posted:2020/08/31

投票率が年々下がってきていて、書いて得するネタにならないのは承知なのですが、総合政策学部出身という事もあり、物申したいのです。政治家には多分ならないでしょうが、政治について考える事は一生辞められないと思います。有意義であるか否かに関わらず。

私自身が投票する意味はあるのか?

この際、立候補者が魅力的かどうか等という話は放っておきます。
問題は、私が投票に行こうがいかまいが立候補者の運命は変わらないのでは?という事です。

これに関しては、私が投票する意味があるという価値観を持っているが故に、「投票する意味がある」というのが私の答えです。私の投票行動で立候補者がどうなるかなんて、知った事ありゃしません。それでも投票に行くのです。「私は生きる意味はあるのか?」という問いと同じぐらいに正解のない問いです。

私はなぜ投票するのか?

さて、私の投票行動は私の価値観によるものである、という事を説明し終えたので本題に入ります。

私が投票する理由(価値観)は、2つあります。

立候補に対して敬意を払うべきだから

立候補するのにどれぐらいのお金が必要かご存知でしょうか。

少なくとも都道府県知事選や衆参院選では300万円、町村議員選で15万円供託金を支払わなくてはなりません。

そして得票率が10%に満たないと没収されます。与党議員なら気にも留めないかもしれませんが、マイナーな野党の議員さんだと厳しいかもしれません。無所属なら言わずもがな。

それだけのリスクを負って立候補しているのです。国の為に犠牲を払う尊い行為です。だからそれに対するフィードバックをするのは当然の事。何も意見を表明しないという無関心は愛の反対側にある行為です。

投票価値の上昇局面だから

投票率は下落の一方を辿っていますが、その分1票の価値が増えています。

人口も減少している事を考えると、他の人よりも政治に影響力を与えている事が実感できるボーナスステージという他ないでしょう。

今後何かしらのキャンペーンか罰則により、投票率が大幅にアップする可能性も否定できません。その時に投票に行っても「みんなと同じ事をした感」でハッピーの度合いはマイナスなのではないかと思います。むしろ「何故投票に行ってなかったんだ」という後悔の念が大きいのでは。

まとめ

みんなで選挙に行こう!